なぜやる気が出なくて無気力なのか分からない人におすすめの本2

こんにちは。

気付いたら3ヵ月以上もこのブログを放置していましたね。なんでそうなったかなというと、続けないといけない!みたいな気持ちになってきて、楽しくなくなったんですよね。

自分で自分を追い詰めてたところもあるけれど、まあ書きたくなったらまた書けばいいかなと思ったのと、気付くとこんなブログでも月に1000人いかないくらいのアクセスはあるので、ちょっとやる気が出てきたってのが大きいです。

僕はもう1年半くらいニートでひきこもってる生活を送ってるんですが、なぜそんな生活がだらだら続いているのか。そして、やる気が出なくて無気力なのはなぜなのか。

こんにちは。 何もやりたくなくて無気力で困ってしまうってことよくあるんですよね。 僕はそうです。仕事を探そう!とも思えないくらいですからね。重症です。 今のところ働かなくても生きられ...

以前書いた記事ですが、この記事で紹介した本では無気力は過去の経験から学んだことにより発生するということを様々な実験を紹介して分かりやすく書かれていました。

また、どんな行動し、どんな考え方をすれば無気力が解消されていき、行動的になれるのかも紹介されていました。

しかし、長年培ってきた性格はなかなか変わるものじゃないですね。無気力に襲われることは意識できるようになってもすぐに解消することは難しいです。今回は無気力に関して良い本を見つけたので紹介します。

精神的に苦しみ心理学者になった人の本

この本の著者である加藤諦三さんは心理学者であり、今までに多くの本を書いておられます。

自分の生きづらさは自分の心にあるのではないかと思い、加藤さんの本は気になるタイトルが多く何冊か読みました。そのなかでああ、確かにと思うことも多かったです。

ただ、初めて著書を読んだときは暗い気持ちになったんですよね。それは強い口調でまるで責められているような文章が多く感じられたからなんです。

この本のあとがきにこんな文があります。

批判される例としてあげられているものはどちらかと言えば私にとって親和的な例である。私自身がおっくうで面倒くさがりやなのである。私自身が自分の無力感に苦しまなければこんなテーマに関心を持つはずがない。だいいちこのテーマで書くことはない。私自身が絶望感、無力感に苦しめられたがために、その原因を考えることは私の人生にとって重要な課題だったのである。

kindle版 位置№2163

加藤さん自身が自らの精神的な苦しみに悩んでいたんですね。ということは、これらの本で批判的に書かれていることに自分自身が反応しているということは、その分だけ自分の悩み苦しみに近いことが書かれているということでしょう。まさに僕はそうでした。

この本を読んで自分は駄目人間だなどと思わないで欲しい。もしこの様な人が駄目人間なら、私も駄目人間になってしまう。私はその様に自分を思わないことにしている。もしこの本を読んで自分は無気力で駄目な人間だと思ってしまう人がいるとすれば、それはこの本を書いた目的と全く違った役割をこの本が果たしてしまうことになる。

kindle版 位置№2163

僕も精神的に弱い方ですぐに自分を責めてしまうんですよね。しかし、そんな人でなければ自分の心について学ぼうとは思わないだろうし、そんな人だからこそ自分を責めてしまう自分を駄目だとは思わなくていいと思います。

自分が駄目だと思ってしまう人ほど加藤さんの本からは多くのことを学べると思います。自分を責めてしまってもその後で自分でフォローすれば良いです。最初はしんどいですけど。

実際に苦しんでそれを乗り越えてきた人の言葉は重たいですね。

本の内容として無気力について学んだことを書きます。

人はどんなことで絶望し無気力になるのか

上記の以前書いた記事の本と同じ動物や人での実験結果も引用され、無気力になるのは自分の行動や反応によって周りの状況だったり自分の関わる世界に影響を与えられないと感じ、その自分の無力に絶望感を持ち、自分は何をしても何も変わらないと学んでしまったから。と説明されています。

以前の記事で紹介した本では学習性無力感と同じ状態ですね。

スポンサーリンク

精神的に余裕のある母親に育てられたか

ではどんなことで人は絶望感を持つのか?

恐ろしいなと思ったのは、母が自分によく反応にしてくれなければ幼い心にも絶望感を持つということ。意識が芽生える前からそうなってたら結構キツイですよね。動物実験でも母親から離して育ったサルは無気力になったようです。

僕は母子家庭で3人兄弟の末っ子で僕が生まれてすぐに父が亡くなりました。母は忙しくてあまり自分を世話できなかったようです。祖父母に世話をしてもらうことが多く、母親に精神的に甘えた記憶がほとんどなくて、今でも距離を感じるんですよね。それも今も影響しているのかもしれません。

辛い経験をして親に助けを求めるが無視される、自分が必死で何かを訴えても無視される、自分の感情はいつも嘲笑される。そんな経験をしてしまうと、大人になって困難な状況と戦う気力を喪失してしまうのかもしれない。

kindle版 位置№1776

ですが、精神的に余裕のある母親ばかりではないでしょうし、多くの人が似たような経験をしているのではないでしょうか。

安心できる環境で育つことができたか

さらに恐ろしいのは安心できる環境で育たなければ、不安感を持ち、その不安感によって能力を発揮できずに、絶望感を持ち、さらにその絶望感によってさらなる絶望感を引き起こすということです。

無意識のうちに負のループに入るんですね。こわっ。それは家庭環境であったり、学校での友達関係などです。

僕の場合は近くに祖父母が住んでおり、今でも世話になっているのでそこで多少の安心感はもてたのかもしれません。

自分の力で不満や困難を乗り越えてきたか

今の若者は恵まれ過ぎだと著者は言っています。それは物質的に不自由しないということです。実際僕もそうで自分で努力しなくても生きられる状態に小さいころからありました。

そこが問題で、自分の力で不満や困難を乗り越え、自分の行為が世界に影響を与えるという経験をしなくても生きられるのは、自分に自信を持つ経験を自分から求めなければ得られないということです。

小さい頃に絶望感を感じる経験をしていると、無気力になります。昔はそうであっても生きるために自ら困難を乗り越えなければならなかったと思います。しかし、僕たちの世代は絶望しながらもそのような状況にならないので、無気力のままに生きられてしまうのです。

また、著者は失敗も間違いもなくあまりにも容易に用意された人生は恐ろしいとも言っています。自分に自信が持てる経験がなくとも、容易に生きられ、生きれば生きるほど絶望感に支配され、無気力になっていくからでしょう。

無気力な人間とはどんな人間か

絶望感を感じ、無気力になってしまった人間にはどんな傾向があらわれるのでしょうか。僕も当てはまるなということが多くありました。

無気力ですぐに諦める人は依存心が強い

無気力な人間は何かを行うための心理的なエネルギーに乏しいので、自分で何かをしようとせずに人が何かしてくれるのを待っている人です。そして、他人が自分のことをどう思っているかを過剰に気にする人も絶望感が強い人です。

赤ちゃんと変わらないですよね。僕は自分が依存心が強いと知ったときはショックが大きかったです。確かに自分のために何かを決めて自分でやる!って意識したことが少ないんです。そうしようとすると面倒なんですね。自立心が育ってないから。

自分に頼れないから甘えが抜けないし依存心が強い。これを知ってるかどうかはこれからの自分の人生にとって大きいことだと思います。

逆に自立心の強い人は批判に強く、簡単には諦めないし、無気力にもならない。

絶望感があると攻撃性を自分に向けるようになる

絶望感が強く、心理的なエネルギーがないと自分のために行動することが辛くなります。

自分で自分を救う戦いをするよりも、他人を呪っている方が心理的には楽である。攻撃は受け身の形でしか表現されない。先のセリグマンの言葉を使えば攻撃性は阻止されている。阻止されたからと言って攻撃性が消えてなくなるわけではない。いろいろと形を変えて出てくる。自分に向けられたり、すねたり、僻んだり、他人の不幸を心秘かに喜んだり、人のスキャンダルを捜したり、等々である。生きることに絶望した人の集まった社会ではスキャンダルは商品になる。

kindle版 位置№1940

自分を責めてしまう人は絶望感のある人です。加藤さんの本を読んで責められていると感じる人は自分で自分を責めている人です。僕は無気力が強く、自分を責めやすいのでまさにそうです。

他人の不幸に少し安心している自分もいるし、他人に嫉妬してしまう自分もいます。

スキャンダルで大騒ぎしている人たちを見ると絶望感がある人が多いのだなと思います。他人に直接は攻撃性を向けないけれど、自分に向けることによって間接的に他人に攻撃性を向けるんですね。

無気力を抜け元気に生きるには

1番大事なのはこれから自分がどうやったら無気力を抜け元気に生きられるかです。

自分を”決め付け”ない!その”思い込み”を捨てる!

我々は過去の経験から無力感を心の底に宿し、その絶望感、無力感で現在の環境に反応しているのではないだろうか。その過去の経験が我々の対処能力を奪ってしまっているのである。

kindle版 位置№731

もともと自分が駄目な人間ではない。自分だってもしもっと優しい母親に育てられればもっと柔軟な心の人間になり、困難によく対処できる人間になっていたかもしれないのである。自分は駄目な人間と決めつけることで本当に自分は駄目な人間になってしまう。

kindle版 位置№1137

過去の経験を思い出して、自分は無力だと思ってしまった経験がないか思い出してみましょう。そして、その経験から自分に対するマイナスの思い込みを持って、今まで引きずってないか振り返りましょう。

それはただの思い込みで、その時はどうしようもないこともあったけど、今は自分の力でなんとかできることもあると事あるごとに、自分に言い聞かせてその思い込みから脱しよう!

焦らずにまずは自分の心と体を大切にする

遠くを見ることはせず、まずは日常の中で自分の身の周りのことをきちんとすることから。

それは自分の体を無理させないということでもあるし、食事などの生活習慣に気を使って自分の体を健康に保つこと。

自分の心については自分が何が好きなのか、楽しいのか、自分のふとした感情を大事にすること。あの音楽は聴いていて楽しくなるとか、この人とは一緒にいて落ち着くとか、今日はなんとなくカレーが食べたいとか。些細なことでも自分の心の声を聴くこと。

今、ここで自分のできることをやり、心配はしない

とにかく今、自分のできることをやる。というか誰でもそう。誰もが今、自分にできることをやってる。

すごいなと思える人でも自分ができることをした結果としてすごく見える。

違いはやってるかどうか、自分にはできると思ってるかどうか。

確かトルストイが「何をしていいか分からなくなったら、とにかく人を愛すること」と書いていたように思う。確かにその通りである。親鸞も同じ意味を「有縁を度す」と言っていたように思う。近くにいる人を愛しなさいということである。

kindle版 位置№931

自分を大切にすることも人を愛することだけれど、自分には何もできないと悩み過ぎてしまってるときは、人のことを考えてみる。人の幸せを願うだけでも良い。

さいごに

よく悲惨な子供時代を送りながら偉大な人間になった例がある。おそらくそれらの偉人は小さい頃の悲惨さに負けないで必死になって戦い続けて、それなりに自分の努力の成果を感じていたのかも知れない。

kindle版 位置№1803 

著者は最後に本人のパーソナリティーにもよるという考え方もあると言っています。確かに遺伝的にある程度自分の気質は変えられないところはあるので、その影響ももちろんあるのでしょう。

だから小さい頃に悲惨な状況で戦えなかった人がいるのも当然です。しかし、大人になっても戦えないのは自分にも責任があります。

もし、自分がそういったパーソナリティーでは無くても、それはそれで受け入れてこれから変えられること、自分の行動や考え方に集中することが大切です。

無気力から抜け出せるようにともにがんばりましょう。

ありがとうございました。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク